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2016.12.29

仕事納めの夜に。

12月28日。
今日が年内の仕事納め。

子どもたちはすでに「冬休み」で、学校にはいない。
職員は事務処理と休み明けの授業準備に明け暮れる。
そして、なぜかひっきりなしにかかってくる電話を受ける。
ほとんど形骸化している有給制度をこのときばかりは利用しようとするが、
1,2時間とれたらよい方だ。

今日は、ゆったりと過ごしたくて、仕事をちょっと早めに切り上げて
美術館を訪れた。

途中で駅近くの書店に寄り、おめあての書籍をさがした。
某大手ネットショップでは数週間後に発送予定だったものが、
その書店で目の前にあるという、ちょっと前まで当たり前だったことに感動し、
わくわくしながら会計し、現金を払って購入した。

美術館へ向かう電車の中でその本を読みふける。

1回乗り換えて、目的の駅に着く。
洒落ているような、単純なような通路をきょろきょろしながら歩くと
めあての美術館にたどり着いた。

辺りはめっきり暗くなり、
乱視の私にはまちのネオンが打ち上げ花火のように浮かんで見える。

ここは、「宇宙の入り口」らしい。

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この展覧会には、何となく夜に訪れてみたかった。

思いの外入場者は多くなく、児童や生徒は全くいない。
静かにのんびりと味わうことができた。

国や時代を超越して、
人々が「宇宙」をどのように捉え、
関わってきたかを感じ取ることができる。

作品はそれほど多くない。
作品と作品を縦横無尽に行き来しながら、
今という時代を日本で生きている自分を通して、
「宇宙」を感じ取る。

曼荼羅も竹取物語もダビンチもガリレオも
ガガーリンもはやぶさも同列にあって、
火星永住計画もあって、
何だかわくわくした。

どの時代も、どの国でも、
大人たちが宇宙に畏れを抱いたり、あこがれたり、
わくわくしたりしていた雰囲気が伝わる空間だった。

森タワーからガラス越しに夜景を見ていると、
まちのネオンが足下にあり、上空はどこまでも深い藍に染まり、
ここが「宇宙の入り口」だと素直に思えた。

別に、だからといって日々の悩みが消えるわけではないけれど、
「それも一瞬なんだ」と、
「それも一点なんだ」と、
捉える視点を与えてくれる。

自分に閉じこもって自滅するな。
広がりを感じ、つながれと。

闇雲にではなく、自分の感性に正直に。

価値観なんて後付で、宇宙の時間から見てみれば
時計の秒針が動くたびに
ころころと変わっていくようなものではないか。

そんなものに振り回されながらも、巻かれながらも、
「そんなんじゃないや」とざわつく自分の感性を見逃さず、
広がりを感じて、つながっていきたい。
国や時代を超えて、自由に、縦横無尽に生きていきたい。

そんなこともできる時代になっているんだ。
みんな、それぞれの人の人生をじゃませず、
広がって、つながっていこう。

「宇宙と芸術展」のチラシの写真にある
トム・サックス氏の作品〈ザ・クローラー〉を実際に見た。

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写真よりも断然好き。
対象への愛にあふれている。

大好きだ。

9時半頃、
森タワーが大きく揺れた。
ほとんどの人は気がつかなかったようだが、地震だった。

ちょっと足止めされたが、特に大事には至らず、
10時過ぎに帰路の電車に乗った。

車内は少し混んでいた。
人々がそれぞれに過ごしている。

スマホに向き合う人。
眠る人。
ドアにもたれ外を眺める人。
職場の出来事を語り合う人。
家族について楽しそうに話す人。

それぞれの小さな宇宙がこの空間に混在している。
そしてこの空間は、宇宙の中でまた無数の空間と共存している。

私は、この空間で本を読んだ。
来るときに購入した本。

「月の裏側」 日本文化への視角

Photo

このような時系列で出来事をつづってみると、
今日一日がとても「つながっている」ことに改めて気づく。

書の中でクロード・レヴィ=ストロースは語っている。

宇宙のあらゆる存在に霊性を認める神道の世界像は、
自然と超自然、人間の世界と動物や植物の世界、
さらには物質と生命を結びつけるのです。

自分とは違う文化や思想について
慎重に、誠実に、できる限り忠実に捉え、
そこに意義を見いだそうとする彼の姿と、
今日この展覧会で感じ取ったことが私の中でつながって、
広がった気がした。

こんな仕事納めも、いい。

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