« 2016年11月 | トップページ | 2017年2月 »

2016.12.31

2016年の出会いと別れ。

2016年も残すところあと9時間となった。
この1年を振り返り、真っ先に浮かぶ出会いと別れがある。

メガスターとの出会いと、
寝台特急北斗星との別れである。

こうして文字にしてみて初めて気がついた。
なんと言うことだろう。

どちらも「星」だ。

メガスターが映し出す数万個の星々を目の当たりにしたとき、
プラネタリウムの優しさ、子ども時代の哀愁、今この一瞬の奇跡・・・等
言葉にならない、意識にも上らない様々なことが頭の中を駆けめぐる感じがした。

そして、自分自身を受け入れるほかなくなった。

なぜ今年になってメガスターにたどり着いたのか、今なお分からない。
大平貴之さんという人が生み出してくれたメガスター。
同じ時代に、このような人が存在してくれることが嬉しい。

空を見上げることが楽しみになった。
都会では見ることができない星々を想像することができるようになった。
自分を大切に思うことができるようになった。
人生のはかなさに寂しくもなったが、
自分が自分をちゃんと愛することに何のためらいもなくなった。

わたしは「孤独」ではなくなった。

宇宙の星々には、
いろんな距離感があって、動きがあって、流れがあって、
衝突があって、消滅があって、爆発があって・・・
それらを存在させる空間があって、闇がある。

別々の人が、異質の生物が、誰かがつくり出したありとあらゆるものが、
善悪とか、罪と罰とか、喜怒哀楽とかという概念や感情を超越して、
この宇宙にただ存在しているという現実。

そこに、何かを価値付けようとする地球に暮らす人間の性。

人や物との関わり方に筋書きなんてない。
友達とか、恋人とか、上司と部下とか、妻と夫とか、親と子とか、師弟とか・・・。
そんな言葉に表せない関係があってもいい。

わたしは「孤独」ではあり得ない。


列車の揺れ、音、車窓からの景色、停車駅での人々の様子、
トンネルを抜けたとたん目の前に広がる雪景色、札幌に降り立つときの空気・・・。

何もかもが好き過ぎて、どっぷり浸りきってしまい、写真を撮ることも忘れ、
ほとんど記録に残っていない。

贅沢だったんだと、時代に合わなくなったんだと、
廃線が決まってようやく気がついた。

2016年、寝台特急「北斗星」との別れ。

寝台特急との出会いは、幼児の頃だ。
学生になり、自分で稼ぐようになって初めて買った切符が
上野発、札幌行きの寝台特急「北斗星」だった。

関東で育った私には北海道へのあこがれがあって、
そこへ向かう気持ちの高揚には、17時間のゆったりとした時の流れと
風景の移り変わり方がぴったりだった。

上野発の寝台特急「北斗星」は、私にとって旅のロマンそのものだった。
ラストランにカメラを抱えて乗り込む気持ちには、どう転んでもなれない私がいる。
どこかで静かに受け止めている私がいる。

北海道新幹線に、今は興味はない。
国内で飛行機に乗ろうとは、思いもしない。

こんなに広い宇宙の中で・・・日本も、
効率とか、利潤とか、そういうほんの一握りの価値観に向かい、
懐が狭くなりつつあるのだなとどこかでさめている私がいる。

こんなに広い宇宙の、こんな小さな星の上で、
ほんの一瞬の時間を、共に過ごしているという奇跡の中で・・・

日本列島の魅力をたくさん感じ取らせてくれた「北斗星」。
日本に生まれ育ってよかったと思わせてくれた「北斗星」。
出会えたことに感謝しよう。
すてきな時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう。

ただ1日が過ぎるだけ・・・なのだけれど、
たった1秒が過ぎるだけ・・・なのだけれど、
また新しい一年が始まるその前に、
2016年の出会いと別れに、やっぱり私は感謝する。

|

2016.12.29

仕事納めの夜に。

12月28日。
今日が年内の仕事納め。

子どもたちはすでに「冬休み」で、学校にはいない。
職員は事務処理と休み明けの授業準備に明け暮れる。
そして、なぜかひっきりなしにかかってくる電話を受ける。
ほとんど形骸化している有給制度をこのときばかりは利用しようとするが、
1,2時間とれたらよい方だ。

今日は、ゆったりと過ごしたくて、仕事をちょっと早めに切り上げて
美術館を訪れた。

途中で駅近くの書店に寄り、おめあての書籍をさがした。
某大手ネットショップでは数週間後に発送予定だったものが、
その書店で目の前にあるという、ちょっと前まで当たり前だったことに感動し、
わくわくしながら会計し、現金を払って購入した。

美術館へ向かう電車の中でその本を読みふける。

1回乗り換えて、目的の駅に着く。
洒落ているような、単純なような通路をきょろきょろしながら歩くと
めあての美術館にたどり着いた。

辺りはめっきり暗くなり、
乱視の私にはまちのネオンが打ち上げ花火のように浮かんで見える。

ここは、「宇宙の入り口」らしい。

Dsc_0505300_4

この展覧会には、何となく夜に訪れてみたかった。

思いの外入場者は多くなく、児童や生徒は全くいない。
静かにのんびりと味わうことができた。

国や時代を超越して、
人々が「宇宙」をどのように捉え、
関わってきたかを感じ取ることができる。

作品はそれほど多くない。
作品と作品を縦横無尽に行き来しながら、
今という時代を日本で生きている自分を通して、
「宇宙」を感じ取る。

曼荼羅も竹取物語もダビンチもガリレオも
ガガーリンもはやぶさも同列にあって、
火星永住計画もあって、
何だかわくわくした。

どの時代も、どの国でも、
大人たちが宇宙に畏れを抱いたり、あこがれたり、
わくわくしたりしていた雰囲気が伝わる空間だった。

森タワーからガラス越しに夜景を見ていると、
まちのネオンが足下にあり、上空はどこまでも深い藍に染まり、
ここが「宇宙の入り口」だと素直に思えた。

別に、だからといって日々の悩みが消えるわけではないけれど、
「それも一瞬なんだ」と、
「それも一点なんだ」と、
捉える視点を与えてくれる。

自分に閉じこもって自滅するな。
広がりを感じ、つながれと。

闇雲にではなく、自分の感性に正直に。

価値観なんて後付で、宇宙の時間から見てみれば
時計の秒針が動くたびに
ころころと変わっていくようなものではないか。

そんなものに振り回されながらも、巻かれながらも、
「そんなんじゃないや」とざわつく自分の感性を見逃さず、
広がりを感じて、つながっていきたい。
国や時代を超えて、自由に、縦横無尽に生きていきたい。

そんなこともできる時代になっているんだ。
みんな、それぞれの人の人生をじゃませず、
広がって、つながっていこう。

「宇宙と芸術展」のチラシの写真にある
トム・サックス氏の作品〈ザ・クローラー〉を実際に見た。

Dsc_0492300

写真よりも断然好き。
対象への愛にあふれている。

大好きだ。

9時半頃、
森タワーが大きく揺れた。
ほとんどの人は気がつかなかったようだが、地震だった。

ちょっと足止めされたが、特に大事には至らず、
10時過ぎに帰路の電車に乗った。

車内は少し混んでいた。
人々がそれぞれに過ごしている。

スマホに向き合う人。
眠る人。
ドアにもたれ外を眺める人。
職場の出来事を語り合う人。
家族について楽しそうに話す人。

それぞれの小さな宇宙がこの空間に混在している。
そしてこの空間は、宇宙の中でまた無数の空間と共存している。

私は、この空間で本を読んだ。
来るときに購入した本。

「月の裏側」 日本文化への視角

Photo

このような時系列で出来事をつづってみると、
今日一日がとても「つながっている」ことに改めて気づく。

書の中でクロード・レヴィ=ストロースは語っている。

宇宙のあらゆる存在に霊性を認める神道の世界像は、
自然と超自然、人間の世界と動物や植物の世界、
さらには物質と生命を結びつけるのです。

自分とは違う文化や思想について
慎重に、誠実に、できる限り忠実に捉え、
そこに意義を見いだそうとする彼の姿と、
今日この展覧会で感じ取ったことが私の中でつながって、
広がった気がした。

こんな仕事納めも、いい。

|

2016.12.11

SHINeeのワールドツアー!

行ってきた!
SHINeeのワールドツアー日本公演!

映像が時々流れるので、大きなうねりが途中で途切れてしまう演出が、
個人的には残念であったが、
いやぁ、かっこいいし、かわいいし、歌やダンスはうまいし、一生懸命だし。

本当によかった。

彼らは久々に私をうならせる若者たちだ!

オニュの歌声はポップス界の宝物だと思うし、
ミノ、テミン、ジョンヒョン、キーの5人それぞれの持ち味が絡み合い
一つの大きな世界をつくりあげている。

彼らは、本当に稀有なグループだと思う。

機会があったら、ぜひ一度は味わってほしい世界だ。
2014年の東京ドーム公演は、圧巻。

彼らの次なるパフォーマンスが楽しみである。
そして、私も自分の仕事や人生に張り切っていこうと思うのである。

|

« 2016年11月 | トップページ | 2017年2月 »