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2016.10.31

秋の夜長のハーモニー堪能。

好きも嫌いも意識できないまま
ピアノや声楽等に励んできた幼少期。

小学校に入るとハーモニカやら木琴やらを
教室でお行儀よく演奏した。

3年生に上がったとき、
不思議な楽器に出合った。

ソプラノリコーダーだ。

軽くて、細くて、
まるでリカちゃん人形みたいなボディ。      

3年生の子どもにとっては、
何とも色気がある楽器だった。

それ以来、リコーダーの虜になってしまっている。

音楽はいつも身近にあって、自分にとっては空気のような存在だ。

クラッシックも、ポップスも、ロックも、プログレも、民族音楽も、ジャズも、民謡も、
童謡も、へヴィメタも、演歌も、何もかも、分類はどうでもよくて、
好きとか、苦手とか、不思議とか、心地よいとか、よく分からないとか、嫌いとか、
そんな感覚的なことしか意識に上らない。

でも、ふと思うのは、
どんな音楽を聴いても、本を読んでいても、人と語り合っていても
いつも胸に響くのは、「本質的なもの」なのだ。

大げさなものや飾りっ気とかお世辞とか仰々しい言葉とかは
するっと通り過ぎてゆき、
そぎ落としても、振り捨ててもそれでもなお残るもの・・・。
それが胸に届く。

リコーダーの澄んだ響きは、それに近い。

嘘をつけないというか。
演奏者の本性が丸ごと出てしまうというか。


栗コーダーカルテットとハミングバードの演奏を聴きに行った。

プロのリコーダー奏者からしたら、
技能的には「すごくうまい!」という感じはしないのかも知れないが、
暖かくて、楽しくて、美しいハーモニーがとても好きだ。
そして、おもしろい。

いろいろな人とコラボしている栗コーダーカルテット。

こんなに楽しそうに音楽を演奏し続けている姿を見て、
「やっぱり大人っていいな」と思う。

これからもずっと聴いていきたい。
子どもに聴かせたい大人のいかした音楽。



     ↑ 大好きだった4人編成の頃の栗コーダーカルテット
         また、いつか、ぜひ近藤さんも一緒に・・・。

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