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2016.09.19

日本中の電気を消して・・・。

2020年。
東京オリンピック。

不思議な響き。

無理なことも叶ってしまいそうな魔法の響き。

もし願いが一つ叶うなら、
日本中の電気を消して、
空気が澄むように、今からこつこつ準備して、
本当の夜空を見上げてみたい。

日本に住んでいる老若男女と。
日本に訪れた異国の人々と。

もし、目の不自由な方がそばにいたら、
私は、私のできる限りの言葉と、身体を使って、知恵を振り絞って、
伝えたい。

10分間だけでもいい。

今から計画を立てて準備をしたら、叶うんじゃないか。
開発ばかりじゃなくて、止める方向にだって知恵を使ってもいいんじゃないか。

誰も見たことがない、日本上空の、本当の夜空。

みんなで見上げたら、もしかして、夜空の意味が、人生の意味が変わるかも。

想像していたことが、リアルになること。
それは、一部の人のものじゃなくて、
ごく普通の、名もない人々の身の上にも起きてもよいものだと思う。

花火なんかじゃなく、CGなんかじゃなく、
そんなイベントじゃなく、本当の、本当の宇宙を見たい。

どこの国でもやったことがない、最高のおもてなしになるんじゃないかと
密かに考えているんだが、どうしたものか。

犯罪が増えるかな。
他の国からねらわれるかな。
なんかやばいことが起きてしまうかな。
大混乱になってしまうのかな。

そういうところまで頭は回らない。

こんな願いを、フットワーク軽く実現できるのが、
現代のような進歩した社会だと思ったのだが、

時代は進めば進むほど、ややこしくなり、こんがらがり、
簡単なことができなくなってしまうのかな。

言葉は、長い年月を掛けて使い方が変わってしまった。
便利さと引き替えに、どんどん時間が足りなくなり、
言葉のやりとりさえ面倒になった。
生きづらさを感じるようになった。

理想と現実の狭間で、余計な悩みに苦しめられるようになった。
リアルな自分をさげすむようになってしまった。

だれが、いつ、どこで、何のために生きているのか、
自分自身でも分からなくなった。

それでも世の中のイベントは、
すばらしい世の中、すばらしい人生を大いにアピールしながら
展開される。

それに何となく流される。
「何となくいいもんだ。」
「すばらしいんだ、人生は。」と。

ほんのつかの間の忘却なのかな。

2020年。
東京オリンピック。

何でも願いが叶えられるような、不思議な響き。

もしも願いが叶うなら、
日本中の電気を消して、澄んだ空気の下で、
静かに、ただ本当の夜空を見てみたい。

それでもし、星がほとんど見えなかったとしても、それはそれでかまわない。
ただ、リアルを感じたい。
宇宙の生命体だと、実感したい。

「儚い、一度きりの人生を生きているんだ。」と。

「私は私で、いいんだ。」
「それ以上でも、それ以下でもないんだ。」と。

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2016.09.18

読み終えるのが惜しい本。

今年の夏休みは、
極力人に会わずに過ごしたかった。
家でできる仕事は家ですませ、
職場にはほとんど行かなかった。

別に鬱だったわけではない。
子どもがいるときには、子どものために全力で向き合っているから、
子どもがいない学校には行く気はしないし、
一個の生命体として、自分の人生をちゃんと生きたいと、
体の内側から細胞たちが叫んでいるような感じがしたからだ。

それでも、やりたくもない仕事もやらなくてはならず、
会いたくもない人に会わなくてはならず、
「これが大人というものなんだ。」と自分に言い聞かせ、
スイッチを切り替えてその場に臨む。

夏休みに入る前、ある組織のリーダーから、課題が出された。

15名分の文章を添削するというものだった。

誤字脱字、文のねじれ、不明瞭な表現など、
書き手の趣旨は精一杯尊重し、よりよく内容が伝わるよう添削した。
まるまる1週間かかった。

そして、8月25日。
原稿を持ち寄って確認作業に入った。

何たることか。
ちゃんとやり終え、本日の参加者分の原稿を印刷して持ってきたのは、
私だけだった。
この場に及んで、
「どのように添削したらよいのか分からなかったから。」
などと、真顔でいう人がいて、
内心、「宿題を忘れていいわけをする子どもじゃあるまいし!」と思った。

これが、自分が担任している子どもなら、
「なぜ今それを言うのか。今日は何のための会合なのか。」と、
問いただしていただろう。

挙げ句の果てに、この場に及んで、組織のリーダーは言うのだった。
「誤字脱字だけでよい。そのほかの表現は、それぞれの書き手の個性として捉え、
全体で統一させる必要はなく、曖昧さも、曖昧さのままでよしとする。」
と。

課題が出されたときに、「添削の意味」を確認しなかった私が悪かった。

そこで私は、自分が1週間かけて、精魂込めて添削した文章を、
また、ほぼ最初の段階に戻す作業に追われたのだ。

やってきていなかったほとんどの人は、その場であっという間に仕事を終えた。
わたしは、そこからさらに5時間かけて、また元に戻したのだった。

こんなこと、私の仕事の世界では普通にある。
嫌気がさすのは、こういうことの繰り返しに、
想像力や自由や創意工夫の翼が全てもぎ取られてしまうからだ。

射手座、AB型の私にとって、もっとも苦しい状況。

こういう場合、もう何も言わない。
言っても仕方ないからだ。
だって、この指示や進行や運営を牛耳っているのは、このリーダーなんだから。

働くようになって身に付いたもの。
それは、忍耐力。ポーカーフェイス。
心頭滅却すれば火もまた涼し。

とっとと終わらせて、とっとと帰る。
とはいえ、会場を最後に出たのは、私だった。
これが、今年の夏休み最終日の出来事だった。


仕事が済んだら、
まちへ出て好きなことや好きなものや好きな人と出会う。
雨だろうが、晴れだろうが関係なく、心の赴くままに動く。

いらいらを納めるため、何冊も本をむさぼり読むこともあった。
家だったり、電車の中だったり、喫茶店だったり、歩きながらだったり。

今年は、何だかものすごく不思議な夏で、
何がどうつながってここにたどり着いたか今更ながら思い出せないが、
大平貴之さんという人の存在を知った。

昔々に小さなプラネタリウムをつくった人として、
新聞の記事に載ったことは覚えていて、
それ以来記憶の片隅にはあったが、今年の夏まで思い出すことはなかった。

それでまたこれも偶然で、いつもの通り書店をぶらついていたら、
この人の新書が平積みされていたのを目にした。

「仕事もまた始まるし、本を読む暇があるかな・・・。」と、
躊躇する気持ちもあったが、「プラネタリウム」という響きに
子どもの頃の懐かしさを感じ、ちょっと読んでみたくなって購入した。

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読み始めたら、もう、おもしろくて。

語りかけるような雰囲気で書かれているのに、
しっかりと組み立てられている文章だからなのか、
するすると心にしみてくる。

「なんとストレートで、なんと苦しくて、なんと優しい物語なんだろう。」と思った。

電車の中で読みながら、涙が止まらなくなってしまう場面があった。

この人は、最後は全て自分で引き受けている。
恨み辛みが微塵もなく、他人のせいにもせず、
どんなに大きな問題も、逃げも隠れもせず、全部取り込み、引き受けている。

「すごい。」と思った。

「もっと知りたい。」と急きながらページをめくる一方で、
どんどん残りのページが少なくなっていくことが哀しくなっていく。

こんな世の中に、しらけたり、まるで他人事のように毒づいたりするのではなく、
それを打破しよう、としている感じがする。
彼自身が矢であり、とどめを刺すにしても、自分の全てをかけている。
その潔さが私には懐かしく、だが危なっかしく、しかし、愛しく感じる。

ネット上でのいろいろなことも含め、この人の生き様には、
考えさせられることがたくさんある。

「プラネタリウム男」。
今はもう読み終えてしまったが、
読み終えるのが惜しいと思った本は、本当に久々である。

あぁ、そうだ。
浪人時代に読んだ、「ジャン=クリストフ」の読後感に似ている。


この本によって、私は、あの夏の最後の日の、
むなしい時間を、超越することができた気がする。

多様性は、地球上の宝だ。

簡単に、判断し、評価し、切り捨ててしまってはいけないんじゃないか。

教員として大切にしたいことが、またはっきりとした。
励まされた一冊だった。

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「まぁ、一杯飲んで帰ってください。」

いつ彼らを知ったか、今となっては定かではないが、
働きはじめて数年のうちに、ここ、日比谷野外音楽堂で
彼らのライブを初めて見た記憶がある。

まだ、暑い夏の開催だった頃だ。

途中、何度か悪天候や、日本離脱や、ずっと連続参戦していたにもかかわらず、
いつしか「チケットがとれない!」ことが起こり、何となく違和感を覚え、
しばらく遠のいていた時期もあった。

しかし、彼らも今年五十路となった。
ますますファンを増やしつつある彼らを、やはり素直に「すごい!」と感じる。

相変わらず初期の頃の曲のうねりやとぎすまされ紡ぎ出された言葉の連なりに
私は強い魅力を感じてやまないが、
新しく生み出される曲の中にみなぎる思いやパワーに、衰えは一切感じない。

「チケットがとれるなら、行ってみたい。」と、久々に思えるようになった。

ここ数年、もがき続けてきた人生だったが、
トンネルの向こうに、かすかでも確かな光が見えたような、
自分自身の人生を肯定できるような、そんな心持ちになったからなのだろうと思う。


5時半の開演時刻ぴったりに始まるライブは、
文楽と歌舞伎以外では初めてだ。

身の引き締まる思いがした。

9月の風は、ほんのりさわやかで、まだどことなく夏の面影をはらんでもいた。
月も星もまるで見えないが、彼は、宇宙を纏って精一杯歌う。

一度きりの人生、戦え、何だっていいから生きろ、それが歴史になる、友よ・・・

そんなことを、全身全霊で伝えようとしているように感じた。

叫ぶように歌い、この時を終えるのかと思ったら、
アンコールのラストに伸びやかな声で、語りかけるように歌う。

愛すべき、日本のロックシンガーだ。

あと何年、何十年生きられるか分からないが、
生きることが、嬉しく、愛しく感じる。

また来年この野音で、彼らの熱きステージに向き合える自分でいたい。

五十路は、思いの外、楽しいもののようだ。


「まぁ、一杯飲んで、帰ってください。」
彼らしい一言を残して、ステージをあとにした。

酒もたばこも飲まない私は、新橋の飲み屋街をてくてく歩き、
「4年後に、ここはこのままあり続けるのだろうか」などと
うつらうつらと考えながら帰路についた。

地元に着いた帰り道、ふと空を見上げたら、ちゃんと空に月があった。
中秋の名月から2日後の月だが、何ともいえぬ美しさを放っていた。

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