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2016.03.31

始める。

31日は出勤だ。

年度の終わりだ。

4月1日からはまた新しい年度が始まる。

それに比して、あまりにも短い休みだ。

カレンダー通りの休みの他に、やっと有給休暇を取ることができ、

計5日間のみ休んだ。

一日はだらだらした。

一日は本を読んだ。

一日は長距離バスに揺られて、一分咲きの桜を見た。

一日は韓国の歌手グループのライブに行った。

一日は少しだけ、今年度の残務をした。

 

自由な時間にすることなんて、たかが知れている。

 

人生は暇つぶし。

誰かが言っていたことをふと思い出し、そうかも知れないと思った。

 

リーダー本とか、自己啓発本とか、誰かの指針本とか、めっきり読まなくなったが、

ぶらっと立ち寄った書店で、やたらと朱色の表紙が目につき、

手にとって数ページ読んだ。

何となく当たり前のことが書いてありそうな気がして、

途中で読むのをやめてしまいそうな気がしたので、

買うのをやめようかどうしようかと、

何度も置いたり、手に取ったりを繰り返してしまった。

どうせ人生は暇つぶしなんだ・・・と、ふとまたその言葉がよぎったので、買った。

ちなみに、

ベストセラーになった青い方は買っていないし、読んでいない。

 

哲人と青年の対話形式になっている。

なんだか懐かしいスタイルだ。

読んでみると、

自分の思考が先行しているのか、文章の内容を読み取っているのか、

よく分からなくなるほどすんなり読むことができた。

 

私の悩みは、詰まるところ、自分自身のことなのだ。

 

子どもとの関係性、子ども同士の関係性に軸を起き、

私も含めた38人が絡み合いながら学級という社会をつくっていく。

それを1年1年全力で行う。

ただ、これが年々難しくなりつつある。

時間が足りない。

自由がない。

機械的に与えられた課題が多すぎ、

意味も分からず、消化していかねばならない。

子どもたちにとって納得のいくものになるよう価値付けをしようとすると、

それ自体に膨大な時間がかかり、

その年度に出会った子どもたちにとって必要なことに必要なだけ

向き合うことができない。

 

なぜ、2分の1成人式をするの。

なぜ、認知症講座を受けるの。

なぜ、学級CMをつくるの。

なぜ、縄跳び大会をするの。

なぜ、音楽発表会をするの。

 

もっと、その子の話を聞きたいし、あの子とその子の関係が心配なのに、

どうしてそれを後回しにして、大きな行事で飲み込んでいくの。

後回しならまだいい。

結局、次の新しいことに取り組まなければならず、

戻ってやり直すこともできない。

流れるまま、流れていく。

 

中途半端。

腑に落ちない。

テキトー。

どうでもいいや。

思考停止。

 

どうせ私は駄目なやつですよ。

どうせ分かってはもらえませんよ。

 

こんな感じ。

心の底は、こんな感じなんだ。

 

いつからこんなに忙しくなったの?

どうしてこんなにたくさんのことを、

たかだか200日程度でやりこなさなきゃならないの?

それでどんな人が育つの?

それで、幸せなの?

 

私は、この職に就くまで、親と教師以外の人と争ったことがない。

それなのに、いつの間にか「怖い人」になってしまった。

時間がないからせき立てなければならなくて。

何に一生懸命になっているのか、 何を大切にしているのか、見失っている。

本当は、現状がよくないことは分かっているのに、 勇気がないから、怒っている。

不満な顔や態度でごまかしている。

 

一番駄目なのは自分だ。

いや、自分がやらないから、不満が募り、自分に怒っているんだ。

それを、甘ったれているから、弱いものに当たり散らしているんだ。

 

放っておいてほしい。

もっと私に任せてほしい。

子どもの声を聞きながら、ちゃんと小さな社会をつくっていくから、

やるべきことを私たちに決めさせてほしい。

 

大切なことは、行事を次々とこなすことじゃない。

行政に表彰されることでも、テレビ局の取材を受けるこでもない。

「先生のおかげ」などという言葉はいらない。

もっと土台のところからこつこつと積み上げていきたいのだ。

子どもの思いを引き出しながら。

時間をかけて。

 

4月1日。

また新しい年度が始まる。

どんな子どもたちとの出会いがあるのだろう。

残念ながら、ボスは代わらない。

また、私は無能な存在として、悩み続けるのか。

 

・・・まさか!

人生は暇つぶし。

それなら、いくらでもやってみればよい。

信じることをやってみる。

そう、死が全てを終わらせてくれるのだから、

それまで、いくらでもやりたいと自分が信じることをやり抜けばよい。

子どもの人生をつくっていくのではない。

皆、自分の人生を生きていく・・・ただそれだけなのだ。

 

4月1日。

新しい年度を始めるのだ。

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