2017.02.19

春一番が吹いたから。

映画を見た。

春一番が吹いたあの日の、あの空気感にぴったりの、
とても心地よい映画だった。

「僕と世界の方程式」

映画をはしごしたので、冒頭数分を見逃したが、
訴えてくるテーマが胸に迫る。

それぞれの主人公の人柄や感情が、
ところどころで交差し、通過する。

それだけのこと・・・なのだが、
交差する前と、交差したあとでは、確実にそれぞれの人の生き方が変わる。

当の本人たちはなかなかそのことに気がつかないかも知れないが、
観客である私には、
そのかけがえのない事実が、心地ちよく胸に響いた。

原題より、私は邦題の方がこの映画の的を射ていると思う。
ネイサンが、自分の扉の外側を全身全霊で見て聞いて感じることで
混沌としていた自分の内面のディテールが・・・
不協和音をかき鳴らしていた音符の一つ一つが・・・
じわりじわりと組み立てられ、哀しさや喜びや愛しさという感情と結びついていく。

一人の少年が、
自分や、自分の外側の世界の意味や価値を自分の内側から見いだすダイナミズム。
そして、少年の困難な道のりに伴走する家族や身近な人たちの魅力。

春一番の、あのエネルギーそのものと重なるすてきな映画だった。

この日、映画を2本はしごして見たのだが、
一本前に見た映画は、「たかが世界の終わり」だった。

あとから感じたことだが、
この2本を続けて見たことで、家族とか、コミュニケーションとか、
人が生きるとか、世界とか、価値とか、感情とか・・・
そういうものをより深く、全身で感じ取り、考えさせられた気がする。

恵比寿ガーデンシネマで来週も上映しているようだから、
ぜひ、また見に行ってみようと思う。

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2016.12.31

2016年の出会いと別れ。

2016年も残すところあと9時間となった。
この1年を振り返り、真っ先に浮かぶ出会いと別れがある。

メガスターとの出会いと、
寝台特急北斗星との別れである。

こうして文字にしてみて初めて気がついた。
なんと言うことだろう。

どちらも「星」だ。

メガスターが映し出す数万個の星々を目の当たりにしたとき、
プラネタリウムの優しさ、子ども時代の哀愁、今この一瞬の奇跡・・・等
言葉にならない、意識にも上らない様々なことが頭の中を駆けめぐる感じがした。

そして、自分自身を受け入れるほかなくなった。

なぜ今年になってメガスターにたどり着いたのか、今なお分からない。
大平貴之さんという人が生み出してくれたメガスター。
同じ時代に、このような人が存在してくれることが嬉しい。

空を見上げることが楽しみになった。
都会では見ることができない星々を想像することができるようになった。
自分を大切に思うことができるようになった。
人生のはかなさに寂しくもなったが、
自分が自分をちゃんと愛することに何のためらいもなくなった。

わたしは「孤独」ではなくなった。

宇宙の星々には、
いろんな距離感があって、動きがあって、流れがあって、
衝突があって、消滅があって、爆発があって・・・
それらを存在させる空間があって、闇がある。

別々の人が、異質の生物が、誰かがつくり出したありとあらゆるものが、
善悪とか、罪と罰とか、喜怒哀楽とかという概念や感情を超越して、
この宇宙にただ存在しているという現実。

そこに、何かを価値付けようとする地球に暮らす人間の性。

人や物との関わり方に筋書きなんてない。
友達とか、恋人とか、上司と部下とか、妻と夫とか、親と子とか、師弟とか・・・。
そんな言葉に表せない関係があってもいい。

わたしは「孤独」ではあり得ない。


列車の揺れ、音、車窓からの景色、停車駅での人々の様子、
トンネルを抜けたとたん目の前に広がる雪景色、札幌に降り立つときの空気・・・。

何もかもが好き過ぎて、どっぷり浸りきってしまい、写真を撮ることも忘れ、
ほとんど記録に残っていない。

贅沢だったんだと、時代に合わなくなったんだと、
廃線が決まってようやく気がついた。

2016年、寝台特急「北斗星」との別れ。

寝台特急との出会いは、幼児の頃だ。
学生になり、自分で稼ぐようになって初めて買った切符が
上野発、札幌行きの寝台特急「北斗星」だった。

関東で育った私には北海道へのあこがれがあって、
そこへ向かう気持ちの高揚には、17時間のゆったりとした時の流れと
風景の移り変わり方がぴったりだった。

上野発の寝台特急「北斗星」は、私にとって旅のロマンそのものだった。
ラストランにカメラを抱えて乗り込む気持ちには、どう転んでもなれない私がいる。
どこかで静かに受け止めている私がいる。

北海道新幹線に、今は興味はない。
国内で飛行機に乗ろうとは、思いもしない。

こんなに広い宇宙の中で・・・日本も、
効率とか、利潤とか、そういうほんの一握りの価値観に向かい、
懐が狭くなりつつあるのだなとどこかでさめている私がいる。

こんなに広い宇宙の、こんな小さな星の上で、
ほんの一瞬の時間を、共に過ごしているという奇跡の中で・・・

日本列島の魅力をたくさん感じ取らせてくれた「北斗星」。
日本に生まれ育ってよかったと思わせてくれた「北斗星」。
出会えたことに感謝しよう。
すてきな時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう。

ただ1日が過ぎるだけ・・・なのだけれど、
たった1秒が過ぎるだけ・・・なのだけれど、
また新しい一年が始まるその前に、
2016年の出会いと別れに、やっぱり私は感謝する。

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2016.12.29

仕事納めの夜に。

12月28日。
今日が年内の仕事納め。

子どもたちはすでに「冬休み」で、学校にはいない。
職員は事務処理と休み明けの授業準備に明け暮れる。
そして、なぜかひっきりなしにかかってくる電話を受ける。
ほとんど形骸化している有給制度をこのときばかりは利用しようとするが、
1,2時間とれたらよい方だ。

今日は、ゆったりと過ごしたくて、仕事をちょっと早めに切り上げて
美術館を訪れた。

途中で駅近くの書店に寄り、おめあての書籍をさがした。
某大手ネットショップでは数週間後に発送予定だったものが、
その書店で目の前にあるという、ちょっと前まで当たり前だったことに感動し、
わくわくしながら会計し、現金を払って購入した。

美術館へ向かう電車の中でその本を読みふける。

1回乗り換えて、目的の駅に着く。
洒落ているような、単純なような通路をきょろきょろしながら歩くと
めあての美術館にたどり着いた。

辺りはめっきり暗くなり、
乱視の私にはまちのネオンが打ち上げ花火のように浮かんで見える。

ここは、「宇宙の入り口」らしい。

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この展覧会には、何となく夜に訪れてみたかった。

思いの外入場者は多くなく、児童や生徒は全くいない。
静かにのんびりと味わうことができた。

国や時代を超越して、
人々が「宇宙」をどのように捉え、
関わってきたかを感じ取ることができる。

作品はそれほど多くない。
作品と作品を縦横無尽に行き来しながら、
今という時代を日本で生きている自分を通して、
「宇宙」を感じ取る。

曼荼羅も竹取物語もダビンチもガリレオも
ガガーリンもはやぶさも同列にあって、
火星永住計画もあって、
何だかわくわくした。

どの時代も、どの国でも、
大人たちが宇宙に畏れを抱いたり、あこがれたり、
わくわくしたりしていた雰囲気が伝わる空間だった。

森タワーからガラス越しに夜景を見ていると、
まちのネオンが足下にあり、上空はどこまでも深い藍に染まり、
ここが「宇宙の入り口」だと素直に思えた。

別に、だからといって日々の悩みが消えるわけではないけれど、
「それも一瞬なんだ」と、
「それも一点なんだ」と、
捉える視点を与えてくれる。

自分に閉じこもって自滅するな。
広がりを感じ、つながれと。

闇雲にではなく、自分の感性に正直に。

価値観なんて後付で、宇宙の時間から見てみれば
時計の秒針が動くたびに
ころころと変わっていくようなものではないか。

そんなものに振り回されながらも、巻かれながらも、
「そんなんじゃないや」とざわつく自分の感性を見逃さず、
広がりを感じて、つながっていきたい。
国や時代を超えて、自由に、縦横無尽に生きていきたい。

そんなこともできる時代になっているんだ。
みんな、それぞれの人の人生をじゃませず、
広がって、つながっていこう。

「宇宙と芸術展」のチラシの写真にある
トム・サックス氏の作品〈ザ・クローラー〉を実際に見た。

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写真よりも断然好き。
対象への愛にあふれている。

大好きだ。

9時半頃、
森タワーが大きく揺れた。
ほとんどの人は気がつかなかったようだが、地震だった。

ちょっと足止めされたが、特に大事には至らず、
10時過ぎに帰路の電車に乗った。

車内は少し混んでいた。
人々がそれぞれに過ごしている。

スマホに向き合う人。
眠る人。
ドアにもたれ外を眺める人。
職場の出来事を語り合う人。
家族について楽しそうに話す人。

それぞれの小さな宇宙がこの空間に混在している。
そしてこの空間は、宇宙の中でまた無数の空間と共存している。

私は、この空間で本を読んだ。
来るときに購入した本。

「月の裏側」 日本文化への視角

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このような時系列で出来事をつづってみると、
今日一日がとても「つながっている」ことに改めて気づく。

書の中でクロード・レヴィ=ストロースは語っている。

宇宙のあらゆる存在に霊性を認める神道の世界像は、
自然と超自然、人間の世界と動物や植物の世界、
さらには物質と生命を結びつけるのです。

自分とは違う文化や思想について
慎重に、誠実に、できる限り忠実に捉え、
そこに意義を見いだそうとする彼の姿と、
今日この展覧会で感じ取ったことが私の中でつながって、
広がった気がした。

こんな仕事納めも、いい。

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2016.12.11

SHINeeのワールドツアー!

行ってきた!
SHINeeのワールドツアー日本公演!

映像が時々流れるので、大きなうねりが途中で途切れてしまう演出が、
個人的には残念であったが、
いやぁ、かっこいいし、かわいいし、歌やダンスはうまいし、一生懸命だし。

本当によかった。

彼らは久々に私をうならせる若者たちだ!

オニュの歌声はポップス界の宝物だと思うし、
ミノ、テミン、ジョンヒョン、キーの5人それぞれの持ち味が絡み合い
一つの大きな世界をつくりあげている。

彼らは、本当に稀有なグループだと思う。

機会があったら、ぜひ一度は味わってほしい世界だ。
2014年の東京ドーム公演は、圧巻。

彼らの次なるパフォーマンスが楽しみである。
そして、私も自分の仕事や人生に張り切っていこうと思うのである。

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2016.11.23

11月の初雪予報。

秋から冬へ移りゆく季節が好きすぎてたまらない。

もし明日の初雪が実現したら、
私にとって、今までの人生の中で一番好きな天気になる。

11月の雪。
予報が当たれば、54年ぶりだとか。

私にとっては、人生初の出来事となる。


積雪により、被害を被る人々もいるだろう。
また雪か・・・と嘆く人々もいるだろう。
雪を目にすることで、過去を思い出し悲しむ人もいるだろう。
雪がとにかく嫌いな人もいるだろう。

私はどきどきしている。
待ちこがれている。

子どもの頃は、ここでももっと雪が降っていた。

1月2月の試験シーズンに、雪が腰まで降り積もり、
まだ薄暗い4時ぐらいから雪をかき分け最寄りの駅まで歩いて向かったこともある。

まち全体は大混乱だったのかも知れないが、
怒りも焦りも感じなかった。

自然現象は受け入れる。
できる限りの手は打つが、それでも無理なら、受け入れる。

私の周りの人々は、
大抵、どんな状況でも焦らなかった。
「笑い飛ばす」とまではいかないが、
「そんなもんだな。」といったん受け止め、対応する。

そんな大人たちがたくさんいた。
文句を言うのではなく、自分で考え得る限りの策を練り、
根気よく手を打ち続ける。
それでも状況が許さなければ、あきらめる。

自然現象に対してはそうやって応じてきた大人たち。

今は、便利になった反動のためか、
ちょっとした不便にも敏感に反応する大人の姿がある。

・・・

私は、どうかな。

私は、どきどきしている。
54年ぶりの11月の雪。
人生初の11月の雪。


しかも、その日は誕生日。
地球を取り巻く様々な自然現象が織りなす最高の贈り物。

あぁ、やっぱりわくわくする!

明日の出勤の頃、雪が積もっていたら、
坂道を転がり、滑りながら駅まで行く姿を思い描いている。
そして、職場にたどり着いたら、

「皆さん、おはよう!」

と、
雪の中、わくわくどきどきしながら登校してきた子どもたちに
声をかけている自分の姿を思い描いている。

さて、ちょっと出かけてこよう。

「明日、雪かなぁ。」などと、
宇宙を眺めてわくわくしながら。


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2016.11.15

わたしも踊りたくなるダンス。

このダンス。



何度見ても飽きない。

なぜなのかはうまく説明できないが、
何度も何度も繰り返し見てしまう。

それでもなお、飽きない。

踊りたい。

音楽のつぎに好きなものは、ダンス。
ダンスの次に好きなものは、ものづくり。

秋になると、ますますその思いが強くなる。

秋の生き方がすき。

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私のスーパームーン。

2016年11月14日は、スーパームーンが見られると、
なんとなく職場にもまちにも、わくわく感が漂っていた。

だが、生憎の雨模様で、私の住むまちでは見られなかった。

でも、いいさ。

私は改めて感じたから。
月が本当にかっこいいこと。
月に再び惚れたから。

初めて知った月の裏側。

へこみだらけの、
でこぼこの、
月の背中。

実際に見たわけではないが、
画像で見て、本当に惚れてしまった!

ずっと地球を守ってくれていたんだな。

私がこの目で本当に見たいのは、
へこみだらけの、
でこぼこの、
月の背中。

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私にとっての、それが、スーパームーンだ。

見えないものを想像したり、思いをはせたり、感じ取ろうとしたりすることは、
人が豊かに生きるために大切なことなんだと、
私はやっぱり心から思う。

未知のこと、自分以外の存在にも
自分と同じように価値があることを見失ってはいけないと思う。

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2016.11.05

初めてのぞいた天体望遠鏡。

隣まちになんと、プラネタリウムがあったのだ。
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。

何度も通ったことがある建物なのに、
そこがプラネタリウムの設備を有していたとは・・・!

そういえば、丸い屋根が見える。
あぁ、なんということだ。

それからというもの、
その建物の情報をむさぼり続けたところ、
星空観察会なるものを、定期的にも企画していたのだった。

知らなかった。
あぁ、なんということだ。

それで、申し込んでみた。
当選。

それで、電車に揺られて行ってみた。

プラネタリウムで本日の夜空のレクチャーを受けてから
いよいよ本当にその星を見てみる。

天王星と、アンドロメダ座のアルマク。

晴れた夜空で肉眼で確認できたのは、夏の第三角形と秋の四辺形ぐらいだったが、
天体望遠鏡でのぞくと、天王星もアルマクもちゃんと見えた。

思いの外見え方は小さかったけれど、
何も見えないと思っていた夜空の、
遙か彼方に星が存在していることをこの目で確かめることができて
私の体中の想像力がはち切れそうになった。

プラネタリウムもすてきだけど、
「本当にあるのだ」と実感することは、勇気になる。

アルマクは、2つの輝きが寄り添っていた。
あんなに近くにある2つの星。
しかも互いに違う色の光を放っていた。

嬉しくなる。

「おおい!ここにわたしがいるよー!」
と、心の中で叫んでいた。
声は届かなくとも、
思いは自在に宇宙を駆けめぐるような気がしてならない。

もっと、もっと知りたくなった。

地上にもまだまだ知りたいことに充ち満ちているけれど、
視野を広くもって、自分のことを、自分の立ち位置を、自分の人生を
捉え直してみたいな。

私はこれからなんだという気がしている。
わくわくしている。

学芸員さんが天体望遠鏡で見つけてくれた天王星とアルマクを、
今日初めて見て、
それから、
真っ暗にしか見えない夜空のある方角を向いている天体望遠鏡そのもの
端から眺めていて、

何もないじゃん、見えないじゃんと思っていたところにも
ちゃんと星が存在していることを実感して、
それから
見えないものを見ようとしてさがすと、
ちゃんと星が見付けられたことを目の当たりにして、

わたしも、自分でちゃんと星を見付けたくなった。

自分でね。
ちゃんと、
星を・・・。

宇宙にいるんだなぁ、わたしは。
いろいろな個性をもつ星々の中に。
そして、この地球という星の上に。

あぁ、大好きな1日だった。
なぜか、涙があふれた。

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2016.11.04

個人的な理想の体型。

コルビジェにとって、
人間の理想の 身長は183cmだと聞いたことがある。

「そんなものかなぁ?」となかなか実感が湧かなかった。

しかし、実際に183cmの人を間近で見てみると、
「いかにも!」と感じることが何度かあった。

183cm。

実際に目にする高さは数値で感じる高さほどではない。
対象をあいまいにしたまま論じる信憑性の欠如は否めないが、
個人的な感覚で、高くも低くも感じない。

気持ちいい体型だなと思う。

身長183cmの男性がダンスをするのは、
小柄な人がするよりも大変なのではないかと思うが、
この人のダンスは見ていて気持ちがいい。

身長183cmのキム・ソンジェ氏。

こんなダンス、踊れるようになりたい。
引力を感じる。
安定している。
切れがある。

好きだなぁ、このダンス。

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2016.11.03

今日の天候最高。

明け方、窓から差し込む光の勢い。

「晴れかな⁉」
わくわくしながらカーテンを開ける。

快晴。
湿度低い。
微風。
肌寒さと暖かさの混在。

最高。
だから、
昨日までの苦しみや悲しみや憤りを
忘れてやる。

私の辛さなんてそんなもの。

出かけよう。

美術館、公園、書店、映画館、カフェ、神社…。

私の幸せなんてこんなもの。

それでいい。
今は、それがいい。


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«秋の夜長のハーモニー堪能。